エマちゃん、と呼ばれた名前に振り向けば、デスクの向こうでシガーが俺ににこりと笑いかけた。おいでおいでと手だけで俺を招きつつ、右肩にはデスクの受話器をはさんだままだ。なんだろうとちょこちょこそばによると、シガーマーカーは受話器を手で塞いでへらりと俺に話しかける。
「げんき?」
「それ今言わなきゃならない質問ですか?」
「はは、元気ならいいんだ」
気の抜けた笑顔に顔を曇らせれば、彼はあははと短く笑った。それから受話器を置いて、俺の顔をまじまじと見る。何ですか、と俺が文句を口にする前に、彼のゆるい笑顔は再度俺に振りかけられる。俺が出した間抜けた声に、目の前の男は笑ったまま俺の頭をなで付けた。ぽんぽん、といった軽いものだけど、子ども扱いならやめて欲しい。いくら年上といったって、俺と彼にはほとんど地位の差は無いはずだ。
「やめてくださいよ」
むくれて言えば、目の前の男はくすくすと笑った。いつもこの調子だ。何が可笑しい。彼はいつも優しい目をして微笑んで、俺のことを見つめて、
「エマちゃんは俺たちにとっちゃいつまでも子どもなんだ。いくつになったって、可愛い子どものまんまさ」
俺の頭をいじりつつ、シガーマーカーは満足そうに微笑む。その心意が分からない俺はただ疑問符を頭に浮かべるけれど、彼はそうですよねえチーフ、だなんてこぼすから、奥のほうで俺たちを眺めていたチーフにまでそうかもね、と笑われてしまう。クソ、この部署はいつまでたっても俺を子ども扱いしかしねェのだ。それでもなんだか彼らの手が俺の頭にあるというその状況に落ち着くことは間違いないわけで、俺はいつも顔をしかめるしかなくなってしまう。
「ほらほらー、仕事しろよロリコンどもー」
エマだって子どもじゃないんだ、おっさんたち調子に乗ってるとパワハラとセクハラ両方で訴えられますよー、両腕にダンボールを抱えたフリィークスが真面目くさった顔でそう言いながらズカズカ廊下をやってきた。まああんたらがムショにはいってくれれば、俺のポストが空きますけどね。わざとらしく嫌みを吐く彼に、シガーがすかさず噛み付く。
「なんだかんだお前が一番怪しいんだよフリィークス!エマちゃんに手ェだしたら俺がゆるさねェからな!!」
ぐわっとシガーが立ち上がったところで、フリィークスはシガーの隣に位置する自分のデスクにどさりとダンボールの山を落とした。それからちらりとシガーマーカーを見やると、その側で突っ立つ俺に優しすぎる笑顔でにこりと微笑む。俺は思わず顔をしかめた。
「兄さんの遺品はぜーんぶ俺のモノです、だからエマも俺のモノですよ。ねェエマ、そうですよね?」
「やめろろくでなし!エマちゃんはモノじゃない!お前のような悪党にエマちゃんを渡してたまるか!チーフなんとかいってくださいよ」
「えーめんどくさいなーじゃんけんできめればいいじゃない」
「チーフ!!」
そんなに欲しいならシガー、彼女の親権要りますか?僕いま新車が欲しいんですけど、お金無くて。俺の頭をなでながらも相変わらずろくでなし全開の発言をするフリィークスに、シガーは驚愕と悲鳴と怒りで顔を赤くした。だが神経の図太い俺の保護者はそれさえお構いなしという風にさっと視線を俺に移すと、にこりと微笑んで俺を見つめる。
「ああ、でもやっぱり、こんな男にくれてやるにはちょっと、あんたは可愛いすぎるかもしれないなあ」
ぎょっと目を丸めた俺をフリィークスはその腕でいとも簡単に捕まえて後ろから軽々と抱き上げる。その動作は一瞬で、あっ、とシガーが絶望的な声を上げるまで3秒かからなかった。それからよりにもよって俺のすぐ耳元で、どうだロリコンども羨ましいだろう、俺の前で膝ついて泣いて悔しがりやがれ。と黒い笑顔を浮かべながら悪態をついてみせるので、俺はその腕の中で呆れて目を回す。お前ら、勝手に俺をモノ扱いするんじゃねェよ。正義を行使するはずのこの組織に人権を無視するようなとんでもなくバカな大人がよくもまあそろいもそろったもんだ。そんなろくでなしの腕の中で、もはや抱きかかえられるままで抵抗すらしようとしない自分にも呆れるばかりだ。
シガーマーカーが、わああエマちゃんに触んな変態!変な動きしたら殺すぞさっさと放せ!!とぎゃんぎゃんと吠えたてる中、その意地汚いにやにや笑いを隠そうともせずフリィークスは俺の首元に顔を寄せる。突然の動作にびくりと肩を揺らした俺の視界のはじで緑色の髪が揺れた。その刹那、耳元にそっと落とされる、小さな台詞。
「大事にします、エマ」
兄さんよりも、ずっと。そっと口付けるように呟かれたそれに、俺は父さんを知らないのに、と心の中でだけおもう。ぬいぐるみのように抱きかかえられたその腕の中は、もしかしたら父さんのそれと世界で一番近いのかもしれないと、ぼんやり思った。
***
彼の娘だから可愛いのか それとも彼女の娘だから可愛いのか
「げんき?」
「それ今言わなきゃならない質問ですか?」
「はは、元気ならいいんだ」
気の抜けた笑顔に顔を曇らせれば、彼はあははと短く笑った。それから受話器を置いて、俺の顔をまじまじと見る。何ですか、と俺が文句を口にする前に、彼のゆるい笑顔は再度俺に振りかけられる。俺が出した間抜けた声に、目の前の男は笑ったまま俺の頭をなで付けた。ぽんぽん、といった軽いものだけど、子ども扱いならやめて欲しい。いくら年上といったって、俺と彼にはほとんど地位の差は無いはずだ。
「やめてくださいよ」
むくれて言えば、目の前の男はくすくすと笑った。いつもこの調子だ。何が可笑しい。彼はいつも優しい目をして微笑んで、俺のことを見つめて、
「エマちゃんは俺たちにとっちゃいつまでも子どもなんだ。いくつになったって、可愛い子どものまんまさ」
俺の頭をいじりつつ、シガーマーカーは満足そうに微笑む。その心意が分からない俺はただ疑問符を頭に浮かべるけれど、彼はそうですよねえチーフ、だなんてこぼすから、奥のほうで俺たちを眺めていたチーフにまでそうかもね、と笑われてしまう。クソ、この部署はいつまでたっても俺を子ども扱いしかしねェのだ。それでもなんだか彼らの手が俺の頭にあるというその状況に落ち着くことは間違いないわけで、俺はいつも顔をしかめるしかなくなってしまう。
「ほらほらー、仕事しろよロリコンどもー」
エマだって子どもじゃないんだ、おっさんたち調子に乗ってるとパワハラとセクハラ両方で訴えられますよー、両腕にダンボールを抱えたフリィークスが真面目くさった顔でそう言いながらズカズカ廊下をやってきた。まああんたらがムショにはいってくれれば、俺のポストが空きますけどね。わざとらしく嫌みを吐く彼に、シガーがすかさず噛み付く。
「なんだかんだお前が一番怪しいんだよフリィークス!エマちゃんに手ェだしたら俺がゆるさねェからな!!」
ぐわっとシガーが立ち上がったところで、フリィークスはシガーの隣に位置する自分のデスクにどさりとダンボールの山を落とした。それからちらりとシガーマーカーを見やると、その側で突っ立つ俺に優しすぎる笑顔でにこりと微笑む。俺は思わず顔をしかめた。
「兄さんの遺品はぜーんぶ俺のモノです、だからエマも俺のモノですよ。ねェエマ、そうですよね?」
「やめろろくでなし!エマちゃんはモノじゃない!お前のような悪党にエマちゃんを渡してたまるか!チーフなんとかいってくださいよ」
「えーめんどくさいなーじゃんけんできめればいいじゃない」
「チーフ!!」
そんなに欲しいならシガー、彼女の親権要りますか?僕いま新車が欲しいんですけど、お金無くて。俺の頭をなでながらも相変わらずろくでなし全開の発言をするフリィークスに、シガーは驚愕と悲鳴と怒りで顔を赤くした。だが神経の図太い俺の保護者はそれさえお構いなしという風にさっと視線を俺に移すと、にこりと微笑んで俺を見つめる。
「ああ、でもやっぱり、こんな男にくれてやるにはちょっと、あんたは可愛いすぎるかもしれないなあ」
ぎょっと目を丸めた俺をフリィークスはその腕でいとも簡単に捕まえて後ろから軽々と抱き上げる。その動作は一瞬で、あっ、とシガーが絶望的な声を上げるまで3秒かからなかった。それからよりにもよって俺のすぐ耳元で、どうだロリコンども羨ましいだろう、俺の前で膝ついて泣いて悔しがりやがれ。と黒い笑顔を浮かべながら悪態をついてみせるので、俺はその腕の中で呆れて目を回す。お前ら、勝手に俺をモノ扱いするんじゃねェよ。正義を行使するはずのこの組織に人権を無視するようなとんでもなくバカな大人がよくもまあそろいもそろったもんだ。そんなろくでなしの腕の中で、もはや抱きかかえられるままで抵抗すらしようとしない自分にも呆れるばかりだ。
シガーマーカーが、わああエマちゃんに触んな変態!変な動きしたら殺すぞさっさと放せ!!とぎゃんぎゃんと吠えたてる中、その意地汚いにやにや笑いを隠そうともせずフリィークスは俺の首元に顔を寄せる。突然の動作にびくりと肩を揺らした俺の視界のはじで緑色の髪が揺れた。その刹那、耳元にそっと落とされる、小さな台詞。
「大事にします、エマ」
兄さんよりも、ずっと。そっと口付けるように呟かれたそれに、俺は父さんを知らないのに、と心の中でだけおもう。ぬいぐるみのように抱きかかえられたその腕の中は、もしかしたら父さんのそれと世界で一番近いのかもしれないと、ぼんやり思った。
***
彼の娘だから可愛いのか それとも彼女の娘だから可愛いのか
2012/09/14(Fri)
ADMIN